泣き虫
診察室には,頻回の嘔吐で体力を失い,低体温と脱水症でぐったりしている子猫がいました。
経緯は,前日に外猫の子猫を保護し,ミルクを与えていたものの,今日になって嘔吐が頻発し,急速に元気をなくしたということでした。
子猫の体重は,350gしかなく,生後4週に満たないとかんがえられました。母猫から,子猫を離すのは,できれば生後3ヶ月以降が良いです。少なくとも2ヶ月の間は母親や兄弟と一緒にいるべきでした。母乳から,人口ミルクへの食事の変更,環境変化のストレスから,急性嘔吐が生じたものと考えられました。
原因を知ったHさんの目には,涙が一杯で,声もでないようでした。
「いまから,母親のところに戻すのも方法ですが,警戒心の強い野良猫ならば,人の臭いのついたこの子をかみ殺してしまう可能性があります。人間の赤ちゃんだって,生まれたら3キロくらいはあります。300グラムの子猫が嘔吐し続ければ,予備能力が少ない分,すぐに命にかかわります。すでに体温が低下し,危険な状態です。でもいつまでも,連れてきたことを後悔しても仕方ないし,今やれることをやるしかありません。」
すぐに脱水を補うための皮下輸液と,低血糖を改善させるためにブドウ糖の経口投与を行いました。
「自宅では,3時間おきにブドウ糖とスポーツドリンクの経口投与をおこなってください。お腹の細菌のバランスをととのえるために,生菌剤の投与を行ってください。湯たんぽなどで,保温もしてください。」
「かならず,明日も連れてきてくださいね。」
最後の言葉は,私の願いだったかもしれません。
H夫妻は,言葉少なく,帰られました。
翌日H氏が子猫を連れて,来院されました。
診察室には,少ししゃがれているけど,とっても大きな声で鳴く元気な子猫がいました。嘔吐はみられず,とても元気になったとのこと。
H氏が持参されたメモには,3時間おきの治療経過が細かく,女性の字でつづられていました。
「頑張りましたね。奥様に救われましたね。」
「いやあ,ほんとに泣き虫なもんで・・・」
不器用だからこそ,思いが深く伝わることがあります。H氏の奥様を大切に思われる気持ちが,ずっしりと響いた気がしました。
1か月後,診察室には,体重が倍になったロワちゃんが,ワクチン接種に来ていました。
笑顔のH夫妻と一緒に。