催促
大型犬種に比較的よく認められる心臓病に,拡張型心筋症というのがあります。心臓の筋肉が薄っぺらになって,収縮力が低下するために,血液の流れが悪くなります。その結果,元気が無くなり,疲れやすくなり,呼吸が早くなったり,咳が出たり,お腹に水がたまるなどの症状を起こします。
この病気を完治させる治療法は,現在の獣医学では存在せず,強心薬,利尿剤,血管拡張薬などにより,心臓の負担を軽減して症状を緩和するのが主体です。
上記のような症状が現れると,3ヶ月以上生存することは難しいといわれています。
Sさん宅の龍ちゃんは,10才の中型犬。1週間前から咳が出て,元気が無いという症状で来院されました。
身体検査では,呼吸が早く,舌の色が薄いピンクになっています。
X線検査を行うと,胸の中一杯に拡大した心臓が認められました。著しく拡大した心臓から考えられる疾患は,拡張型心筋症と心タンポナーデ(心臓の筋肉と外側の膜の間に液体がたまる疾患)が代表的です。これらを見極めるには,超音波検査が有効です。検査の結果,龍ちゃんは拡張型心筋症であることが分かりました。
龍ちゃんは,心筋の収縮力を高め,血管を拡張させる効果をもつピモペンダンという内服薬による治療を開始しました。
2週間後,様子を見せに来てくださったSさん。龍ちゃんは,咳が出なくなり,元気も出て,隣のうちのワンちゃんとはしゃぐようになったとのこと。
“お薬,嫌がりませんか?”と伺うと。
“全然,それどころか私が忘れていると,催促しにくるんですよ。ちゃんと飲まないといけないって,分かってるのかしらね。”
薬を飲むと調子がよくなることを理解しているかどうか。薬を飲むことと,調子がよくなることを結びつけるのは,ワンちゃんの能力では,難しいかもしれません。
でも,元気になるよとか,ちゃんと飲もうねとか,短い単語は,長く人と一緒にいてよく話を聞いていれば,分かる可能性が高いです。
はたして龍ちゃんが,それを理解しているかどうかは,分かりません。
でも,お薬を飲むと,安心して微笑むSさんをみて,龍ちゃんが積極的に飲むのではないかな,そんなふうに思っています。
龍ちゃんの処置中に貧血で座り込んでしまったSさん。ご自身の体調を後回しにして,龍ちゃんを連れてきてくれました。
二人の絆が,龍ちゃんを支えているように,思うのです。