受容
感染症の診断には,臨床症状に加えて,抗原の検出(病原体の検出)または抗体価(病原体に対して獲得した免疫の強さ)の検出により行われるのが普通ですが,必ずしも全てがそう,というわけではありません。
FIP(猫伝染性腹膜炎)とは,潜行性に発症し,持続性の発熱,化膿性肉芽腫性の組織反応,体腔内への滲出液の貯留などを認める,高い致死率の猫のウイルス性疾患とされています。
FIPの原因となるコロナウイルスが猫に感染しても,全ての猫が発症するわけではなく,抗体陽性猫の発症の危険性は通常10%以下とされています。すなわち,抗体価が高いからといって,必ずしもFIPとはいえません。
また,感染した猫の血中には,一年程度,血液中にコロナウイルスの遺伝子が検出されます。すなわち,抗原が検出されても,必ずしもFIPではありません。
FIPの診断は,まず他の病気が除外されていて,その上でコロナウイルス感染症によると考えられる臨床検査所見をたくさん集めることによります。
なぜ,そんなに慎重に診断を下すか。
それは現在のところFIPに効果的な治療がなく,致死率がほぼ100%だからです。
FIPを告げることは,死を,告げることになるからです。
Nさん宅のまりもちゃんは,9ヶ月の雌猫。食欲不振で来院されました。身体検査では,成長不良,黄疸,発熱,腹腔内5センチの腫瘤を触知しました。極めて深刻な状況と考えられ,すぐに全身的な検査を行うことになりました。
血液検査では,軽度の貧血と白血球のストレスパターン,高グロブリン,軽度の黄疸を示し,免疫不全ウイルスや白血病ウイルスは陰性でした。
画像検査では,腹腔内腫瘤は主要臓器とはつながりがなく,腸間膜から発生しているのではないかと考えられました。
腫瘤の針吸引検査では,無菌性化膿性肉芽腫性炎症像を認めました。
蛋白電気泳動では,慢性炎症を示唆するポリクローナルガンモパチーを示し,コロナウイルス抗体価は,10万倍以上という高値を示しました。
全てのデータがFIPを支持し,他の疾患が見つからないことから,まりもちゃんはFIPと診断されました。
消炎剤による緩和的な治療のみを提案しました。
Nさんは言葉少なく,まりもちゃんを連れて帰られました。
一週間後,Nさんがお薬を受け取りに来院されました。
検査報告書を受け取ったNさんは,意外なことに笑顔を見せてくれました。
“先生,受け入れることにしました。病気もまりもも。はじめは,どうしてまりもがって・・・。”
“はい。”
今を受け入れて歩き始めたNさんの背中を,そっと押して,見送りました。
輝かしいゴールは無いけれど,輝く今を作れるのは,今のまりもちゃんとNさん自身。
そんな二人を見守って行きたいと思うのです。