絶食
Sさん宅のてつ君は,8歳のラブラドールレトリーバー。包皮の側の皮下にしこりができたということで,来院されました。
触診してみると,1㎝ほどの境界明瞭な,脂肪よりも少し固い腫瘤が,包皮先端近くの皮下にできています。
てつ君は,まず針吸引検査を行うことになりました。針吸引検査とは,しこりに細い針を刺入し,内容物を吸引し,スライドガラスに拭き付けて染色して,細胞成分を顕微鏡で見る検査です。
その結果,紡錘形の細胞が多数採取され,非上皮系の腫瘍が最も考えられました。非上皮系腫瘍の治療は,現在のところ,外科切除が最も適切で,切除した組織の病理組織検査を行うことで,細胞の起源,良性又は悪性,切除範囲が適切なのか,再発する可能性などを知ることができます。
次にてつ君は,麻酔処置を行うために,心肺機能や内臓機能に問題ないかどうか,腹腔内や胸腔内に転移性の病変がないかどうか,他の腫瘍性疾患が内臓にないかを調べるために,血液検査,尿検査,胸と腹部のX線検査,腹部の超音波検査を行いました。
検査の結果,てつ君の内臓の状態は良好で,ほかに腫瘍性疾患は見当たらず,安全に処置ができるものと判断しました。手術のご予約を頂き,治療することになりました。
手術当日の朝。
“しこりの大きさは殆ど変わらないようですね。予定通り処置を行いましょう。今日は,絶食はできていますか?”
“はい,全員で。”とSさん。
“えっ?”
“主人ったら,朝ごはんは?なんていうのよ。てつがご飯抜きなら,家族も絶食です。”毅然とおっしゃるSさん。
“で,できるだけ,早く手術を終わらせます。”
てつ君は,無事に処置がおわり,夕方には,とても嬉しそうにSさんと帰って行きました。
誰よりも愛されているてつ君は,本当に幸せ者で,うらやましくなるほど。
これで,優しいS氏にも無事に食事が。
私もほっとしました。
垣間見る夫婦の力関係に,自分を重ね,ふと思うことがあります。
男って,なんだろうな。