ウインク
Iさん宅のトッピーちゃんは,9歳の雌猫。体重が2.4キロしかなく,とても痩せています。
それは,子猫のときに骨盤を骨折し,骨盤が狭くなったために便が通りづらくなり,慢性便秘の状態にあるからでした。トッピーちゃんの痩せたお腹の中には,便だけがつまっているのです。
トッピーちゃんを便秘から解放するには,骨盤腔を広げる手術が必要だと考えられました。しかし,慢性便秘により結腸が巨大化しているため,手術によって骨盤を広げても巨大結腸症による便秘が残る可能性がありました。
また,体力の無いトッピーちゃんの手術と術後のケアは,容易ではないことが予想されました。
熟慮の末,手術せずに便軟化剤や低残渣食による内科的な管理をしていきたいというのが,Iさん家族の選択でした。
ただ,一人を除いて。
Iさんの小さなお嬢さんだけは,頑として手術を希望されたのです。困ったIさんは,お電話で,私に手術をしなくて良いとお嬢さんを説得するよう,お願いされました。
“それは,できません。嘘は言えません。でも手術を行っても治らないかもしれないことや,術後傷の治りが悪く,今よりトッピーちゃんを苦しめてしまうかもしれないことは,何度でもお話しできます。”
今思うと,どうしてそんな意地悪なことを言ったのか。お嬢さんに引っ張られるように,私も頑固になっていたのでしょうか。
それから1週間後,トッピーちゃんは骨盤を広げる手術を受けました。
幸いなことに,トッピーちゃんは術後,すぐに快便・快食,まもなく自宅に帰ることができました。
抜糸の時には,体重が3.2キロに増えていました。診察台の上のトッピーちゃんのお腹を触ると,便ではなく,栄養が貯まってきたようです。
9歳過ぎて,初めての3キロ台に嬉しくなり,
“よかったね,トッピー,お姉ちゃんに助けられたね ! ! ”
そう言って,お嬢さんをみると,Iさんにしがみついたまま。
我,関せず,の小さな背中越しに,ウインクを見たような気がして,こっそりウインクを返しました。
誰にも気づかれないように。