別れ
Kさん宅のユウちゃんは,14歳の大型犬。一ヶ月ほど前から歩けなくなり,床擦れが化膿して来院されました。
ユウちゃんは,脳の老化で思い通りに動くこともできず,ただ口元に食事を持っていくと食べられる。そんな様子でした。心臓,肝臓,腎臓などの内臓は強い,ただ脳の老化が一番先に起きたのです。それはKさんが,ユウちゃんの健康をちゃんと支えてあげて,伝染病にもフィラリア症にもかからず,そして悪性腫瘍を患うこともなく,長生きした結果でした。
動けない大型犬を介護することは,大変なことです。数時間おきに寝返りさせてあげなければ,血行が障害されて皮膚が死んでしまいます。排泄・排尿も多く,汚れれば,洗って乾かすことに労力が要ります。うまく食べられなければ,重い体を支えて,食べさせてあげなければならないでしょう。もし夜鳴きが始まったら,その声はとても大きくご近所に迷惑になり,Kさんが肩身の狭い思いをするかもしれません。
でも,14年間一緒に過ごしてきた家族だから,最後まで看て欲しい。つらくなったら,病院を頼ってくださればいい。どうか後悔のないように,ユウちゃんとKさんが,最期のかけがえのない時間を過ごしてくださいますように。
“先生,決心がつきました。”
診察の最後に,そうおっしゃったKさんの顔は,明るくなったようでした。
あれから,どれだけの月日がたったでしょう。
ある朝,Kさんが来院されました。お薬を取りにきたのではなく。
“やっと,看取ることができました・・・。”
震えるKさんの声。
私は,何も言うことはできませんでした。
頭を上げると,高く青い空が,少し滲んで見えました。