HHB
“先生,この子は食べたいんです。まだ生きたいって言っているんです。”
涎をたらして衰弱した猫の側で,苦しんでいるSさんがいました。
“思い切って処置してみませんか?”
なぜ,そう言えたのか。今は分かる気がします。
美しいHAB(Human-Animal-Bond)を支えるもの,それは確かなHuman-Human-Bond(HHB)である,そう思うのです。
Sさん宅のネコキチ君は20歳の雄猫です。レトロウイルスに感染し,長い間口内炎を患っていました。
猫の口内炎は,よく見られる疾患で,猫免疫不全ウイルス,猫白血病ウイルス,猫カリシウイルスなどのウイルス感染に起因したものや,歯周疾患や食事が影響している場合,腎障害や肝障害が関与するもの,原因が分からないものまで,多く知られています。
治療は,全身麻酔により歯垢・歯石を取り除いて,口腔内の細菌の影響を減らしたり,抗生物質の内服,ステロイド剤の内服や注射,免疫抑制剤,インターフェロンなど,実に多くの方法が試みられています。
ネコキチ君は,数年前よりステロイドの注射薬による治療を受けていました。数ヶ月に一度の注射で,痛みがコントロールできていたため,レトロウイルス陽性の高齢の猫ちゃんに対する治療としては,最も現実的で負担が少ないと,考えられたからです。
しかし最近になって,注射の効果が殆どなくなり,さまざまな鎮痛薬を試してみても,痛みにより,食事を取ることができなくなってしまいました。
最後の手段として,全身麻酔下での全ての歯を抜歯することを,提案したのでした。
20歳を超えるネコキチ君。処置するならば,もっと早く行うべきだったでしょう。無事に麻酔に耐えられたとして,絶対に治るという保証も在りません。百歩譲って,処置がうまくいったとして,あとどのくらい生きられるでしょうか。
それでも提案したのは,Sさんのネコキチ君を思う気持ちに応えたくて,なんとかまた食べて欲しかったから。そして危険な処置を提案できたのは,Sさんを信頼しているからでした。
Sさんは,ネコキチ君の命を預けてくださいました。すぐに入院となり,全身状態を整え,翌日処置を行いました。
ネコキチ君は3時間の麻酔処置に耐え,5日後食べられるようになって,Sさんと一緒に自宅に帰ることができました。
しかし,術後腎機能が急激に悪化する危険もあり,自宅に帰って点滴と鎮痛薬の切れた状態での食欲を確認するまで,油断できませんでした。
数日後,お電話で様子を伺うと,
“どうやらいきそうです・・・”とSさん。
“・・・逝きそうですか。”
“そっちの逝くじゃなくて,生きそうなんです!!”