嬉しいけど寂しい?
“徹底的に治療して,眼球が温存できるかどうか。すでに眼球がつぶれている可能性もあります。時間もコストもかかりますが,やってみますか?”
まだ250gしかない子猫の運命は,Oさんの決断にかかっていました。
自宅のガレージで鳴いていたのを保護したものの,全くご飯も食べず,衰弱しているとのことで来院されたのでした。
子猫の両目は,腫れて突出していました。まぶたを開くと,中から多量の膿が出てきました。結膜の腫れがひどく,眼球が残っているかどうかも分かりません。ひどく痩せており,膿性の鼻汁を垂らしています。自力では食事をとることもできません。
その子猫は,猫の伝染病の1つである上部呼吸器感染症と新生仔眼炎を患って衰弱し,徹底的な治療を必要としていました。
“よろしくお願いします。”
Oさんは,出会ったばかりの名もない子猫にベストの治療を希望されました。
長い入院治療がスタートしました。全身的な抗生物質とインターフェロンの投与,ウイルスの複製を抑えるL-リジンの投与,1日6回の点眼と強制給餌を行うため,夜は私の枕元にいるようになりました。目覚めるたび,呼吸を確認してほっとする,そんな日が続きました。
角膜は白く濁りましたが,どうにか眼球を残すことができ,体重も倍に増えて,退院することができたのは,それから2週間後のことでした。
治療はOさんに引き継がれ,インターフェロンと角膜保護剤などの点眼薬とL-リジンの投与を継続しました。
トラと名づけられた子猫は,目やにが出なくなり,風邪の症状も完全になくなり,誰よりもパッチリとしたかわいらしい目になりました。角膜の濁りが殆どなくなって,治療が終了したのは,半年後のことでした。
“本当にありがとうございました。”
最後の再診日,そう言って下さったOさんに思わず,
“こちらこそ,ありがとうございました。トラちゃんの目があるのは,根気よく治療を続けてくださったおかげです。”
“目薬が終わりだと思うと,ほっとしますけれども,診てもらいに来ることもなくなるかと思うと,ちょっと寂しい気もします。”
そんな言葉を残されて,帰っていかれました。
・・・同感です。