決断
1月に1度か2度,獣医師会の当番医として,夜間診療を行う日があります。笑顔があり,涙があり,感動があり,時に孤独を感じる,夜間の診療には独特の雰囲気があります。
Iさん宅のキャンディーちゃんが,夜間診療で受診されたのは,蒸し熱い夏の夜でした。
キャンディーちゃんは,13歳の雌のポメラニアン。昼間に家族で海に行き,夕方から咳が止まらなくなったとのことでした。
高齢の小型犬,環境要因などを考慮すると,心疾患・呼吸器疾患・熱中症などの可能性があります。身体検査を手早く済ませて,直ぐに胸部X線検査と気管の動きを確認するために,テレビX線検査を行いました。
キャンディーちゃんは,胸部気管虚脱といって,胸の中の気管が潰れてしまう病気になっていることが分かりました。
気管の構造の問題に加えて,日中の蒸し暑さや興奮,肥満などが呼吸器に負担となって呼吸困難をおこし,体温上昇とさらに興奮が加わって,呼吸困難が進行するという悪循環に陥ったのでした。
直ぐに鎮静剤,消炎剤,気管支拡張剤などの投与と酸素吸入を始めました。
しかし,キャンディーちゃんの咳が落ち着くことは無く,徐々に悪化しました。
鎮静剤で興奮が取り除かれ,うとうとするけれども,呼吸困難で眠れない,そんな状況が続いて,側に付き添うIさんの疲労も増していきました。
“こんなに苦しむのなら,いっそ楽にして欲しい。先生お願いします。”
Iさんが,涙をいっぱいにためて,かすれた声でそう言ったのは,短針が1時を過ぎた頃でした。
“そこまで覚悟ができているなら,賭けてみませんか?”
夜のたった4,5時間の処置で,安楽死を選んで欲しくない。かかりつけの先生に無事にお返ししたい。私は願うような気持ちで,思いきった処置を提案しました。
うまくいかないかもしれない。でも,決して苦しませない。そう約束することで,Iさんは決断して下さいました。
“では,手伝ってくださいね。これから血管を確保して,麻酔薬をいれます。意識が無くなり,呼吸停止します。直ぐに気管のなかにチューブを入れて,人口呼吸に切り替えます。ポイントは,・・・手際よく行うことです。”
Iさんにキャンディーちゃんを支えてもらい,短時間麻酔薬を急速に血管内に入れました。力が抜け,頭がストンと下がります。
“わあ・・・”と驚くIさん家族。
もともと呼吸困難であるため,舌の色が急速に紫色に変わります。とにかくスピーディーに行わなければなりません。そこでIさんに頭をしっかりと固定してもらい,気管内にチューブを設置。
“よし,チューブが入りました。”
人工呼吸が開始され,キャンディーちゃんの舌の色が,きれいな赤色に変りました。胸部の気管が潰れて,人工呼吸が可能か確信できない中,不慣れな人員による処置でしたが,うまくいきました。
呼吸困難から開放されたキャンディーちゃんを見て,Iさんもほっと一安心の様子。
朝に迎えに来ていただくということで,自宅で休んでいただくことになりました。
これから数時間,吸入麻酔と人工呼吸により今の状態を維持して,気管の炎症が取れるのを待ちます。
そして次の難関は,興奮させずに目を覚まさせること。興奮させてしまうと,また咳が起こり,呼吸困難になってしまうからです。
手術室に意識の無い犬と二人きり。心電図の音,人工呼吸の規則的な音。重いまぶたを閉じないように,心音,血圧,麻酔深度を確かめて,時計と睨めっこ。そういえば,風呂に入ってなかったっけ。
長く熱い夜から1週間後,Iさんからお電話を頂きました。
“おかげさまで,今はとても元気です。咳も全く出なくて走り回ってるんですよ。本当に,ありがとうございました。”
かかりつけの先生から良好な経過を伺っていましたが,飼主様からの直接の声は,疲れも吹っ飛ぶ何より嬉しいものです。
“宮ちゃん,キャンディーちゃん,元気だって。今お電話いただいたよ。”
嬉しくなって,看護士さんに報告すると,
“ああ,あの時の子ですか。朝行ったら,先生がしみじみと,徹夜すると腋が臭いんだって言って。おかしくてよく覚えてます。”
“・・・それを言うなってば・・・。”
小新井
2020年8月21日 @ 6:36 AM
たった今、気管虚脱のパピヨンクッキー11歳を年間無休の病院に置いて来ました。人工呼吸器に繋がれて目を開いたままで可哀想な姿に。10日前に股関節脱臼を治すため全身麻酔と気管確保して、まだ歩ける迄回復しないのに、どんどん呼吸が荒くなり、自発呼吸に戻ることが難しそうです。でもキャンディちゃんは回復したのですね。希望を持つてみます。
人工呼吸器費用は一日十万円と高いですね。長く人工呼吸器を使って自発呼吸に戻るでしょうか?呼吸器専門医に連れて行けるまでに。今の医師は途中で死ぬと。
狼狽していますので、支離滅裂ですみません
fukamiah
2020年8月21日 @ 10:58 AM
現在、人工呼吸器で呼吸を管理している状態なのですね。極めて危険な状態であること、心中お察しします。小新井さんは、最善の選択をされたと思います。クッキーちゃんが助かるよう、祈っております。