吉宗!?
げっそりと痩せて,脱水症,毛じらみが寄生,左目を失い,右の後肢が骨折してブラブラ。そんな衰弱した野良猫を見ていられず,保護したのは,Sさんでした。
Sさんは,不運な猫ばかり保護して,今では10頭以上の猫を,ワクチンや不妊手術を施し,きちんと室内で飼育されています。
“先生,どうしてもほっとけなくて,連れてきてしまいました・・・。”
と,ため息まじりのSさんです。
野良猫が人の手に捕まるのは,よほど弱っている証拠です。治療を施しても助からないかもしれません。また治療が成功したとしても,その後,ペットオーナーが見つかることは,まずないでしょう。千葉県では年間1万頭の猫が,ペットオーナーに巡り会えずに処分されています。そして里親を斡旋している動物管理協会では,100頭を超える元気な子猫が,新しいペットオーナーを待っています。その中で,この年老いて骨折し,衰弱した猫の貰い手を捜すことは,運良く元気になったとしても無謀なことです。
野良猫の事情, 理想, 現実,
たくさんの猫を見守り,保護を実践されてきたSさんに,私が多くを語る必要はありませんでした。助けてあげたいけれど,これ以上自宅に猫は増やせない,葛藤の中で,手を差し伸べたその時に,Sさんには強い決意があったのだと思います。
最低限必要な検査と治療を行う。回復の見込みが無いと判断した時点で,速やかに安楽死の処置を行う。そしてもし元気になってくれたら,Sさんが最後まで面倒を見て下さるということになりました。
“先生,名前も付けてあげてくださいね。”
とSさん。迷いも無くなったようで,笑顔でその子を預けて下さいました。
検査の結果,その猫は,レトロウイルスに感染し口腔内の炎症が強く,尿毒症を併発していましたが,点滴,抗生物質,鎮痛薬などの治療により,日に日に元気になり,食事を取れるようになりました。
3日目には麻酔下で,全身のシャンプーを行い,ギブスを装着して,無事にSさんの家に帰ることになりました。
“やっと食べられるようになっただけで,本当の治療はこれからです。大変ですが,頑張ってくださいね。”
そして“政宗”という名前の診察券をお渡ししました。
“先生,このネーミングは独眼竜ですね?”
“はい,独眼竜政宗です。病院ではマー君て呼んでいましたが,本当は政宗です。とても我慢強くて,おりこうでしたよ。”
Sさんに抱かれた政宗君は,ずっと前から,そうあるべき姿であるようにも見え,なんだかとても幸せそうでした。
数日後,近況を伺ってみると,
“もう元気で元気で,吉宗です。政宗というより,暴れん坊将軍吉宗になっています!!!”