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Mさん宅の花ちゃんは,18歳の老猫です。年末より,下腹部にしこりがみられ,徐々に大きくなってきたということで,来院されました。
下腹部に直径10センチほどの腫瘤があり,表面は感染を起こし臭気があります。
“先生もう年だし,このまま死んでも仕方ないかなって思っていたのよ。でもどんどん大きくなってくるし,やっぱりかわいそうで連れてきたの。”
と,Mさん。
“かなり大きな腫瘤ですが,下部への浸潤は無さそうなので,大きく切れば取りきれるでしょう。問題は,転移があるかどうかと,花ちゃんが麻酔に耐えられるかどうかです。”
“死んだってしょうがないわ。先生に任せるから,死んだっていいから切ってちょうだい。”
“花ちゃんのお母さんが良いといっても,私が駄目です。手術する方向で,できるだけのことはしますから,ちゃんと検査してからご連絡しますね。”
花ちゃんをお預かりしました。
任せると言っていただくのは,仕事冥利に尽き,なんとも嬉しいものですが,責任重大いつもに増して緊張感を感じます。
検査では,幸い胸部や腹腔内への転移は見られませんでしたが,慢性炎症と出血により,正常値の半分以下の貧血を起こしていました。
花ちゃんは輸血を行い,貧血を改善させたあと,手術を行いました。
“先生,どうもありがとうございました。これで花は,あと3年は生きるわ。”
退院の時,そんなふうに言って帰られた,朗らかでいつも前向きなMさんです。
摘出した腫瘤を病理検査に依頼することをお勧めしましたが,分かってもどうなるものでもないし,知らなくて良いということでした。
人医では病理検査のない腫瘍摘出は,ないでしょう。私は,病理検査無しの手術なら,お断りするべきだったのかもしれません。でも,Mさんのどんな運命も素直に受けとめていこうとする姿を見ていると,知らないという選択があっても良いのかな,そんな風にも思うのです。