癒
朝一番に駆け込んで来院されたのは,被毛を真っ赤に染めたパピヨンのムーちゃんでした。
よくお話を伺ってみると,子供が預かっているムーちゃんと散歩をしていた所,大きなイヌに咬まれてしまったということでした。
頚部に4センチほどの裂傷と広範囲の皮下出血,呼吸は安定していますが,気管の損傷の可能性もあり注意が必要です。
確認のため,頚部と胸部のX線撮影を行い,創傷の手当てを行いました。
そこへ,連絡を受けたムーちゃんの飼主さんであるIさんがいらっしゃいました。
ムーちゃんの状態を説明すると,Iさんから意外な返事が。
“坊やがショックを受けているんじゃないかと思って心配したけど,顔を見て安心したわ。”
と,まず散歩をしていた少年をIさんは気遣って下さいました。
その時,私ははっとしました。私は,外傷をおったムーチャンの処置に全神経を注ぎ,彼の心の傷に気づきませんでした
目の前で突然ムーちゃんが咬まれ,あふれるような出血が,白い被毛をどんどん赤く染めていくさまに心が凍り,そして自責の気持ちもわいてきたことでしょう。
Iさんの一言は,そんな彼の気持ちを癒す何よりの言葉でした。その時,部屋の温度が少し温かくなったような気がしたのです。
その後,Iさんは最善の処置を希望され,2週間後,ムーちゃんの傷は無事に完治しました。
いつか彼の心も癒え,きっとまたペットと共に散歩が出来る日がくるだろうと,信じています。
Iさんが,最高のケアをして下さいましたから。