たまたま
“あれ,タマタマが1つしかないですね。太郎ちゃんは生後半年を過ぎているので,早めに去勢手術を行ったほうが良いでしょう。”
“えっ,1つってどういうことですか?”
柴犬の太郎ちゃんを連れて,狂犬病ワクチンにいらっしゃったUさんは,たまたま身体検査で分かった太郎ちゃんのタマタマの事情に,大変驚かれた様子でした。
“通常は生後半年までに精巣下降といって,陰嚢内に精巣が二つお腹の中から降りてきますが,太郎ちゃんの場合,袋の中に1つだけしかありません”
“えっ,じゃあ太郎はもともと1個しかないんですか?”
“いえ,先天的に精巣が1つしか無い子は極めて稀で,殆どの場合,お腹の中か下腹部の皮膚の下に隠れています。太郎ちゃんは,下腹部の皮膚の下には触れないので,お腹の中にあるのでしょう。”
停留精巣(陰嚢内にない精巣のこと)は,常に高温にさらされるため,腫瘍化し易いことが分かっています。また,腫瘍化しホルモン異常により貧血を起こした場合,たとえ腫瘍を摘出しても骨髄のダメージにより貧血が回復しません。停留精巣のイヌの全てが腫瘍となるわけではありませんが,精巣が正常な位置にあるイヌと比べれば強く去勢手術が勧められます。動物の交尾欲をコントロールし,ペットとしてストレスの無い状態で生活させるためには,不妊手術を行うべきであることをお伝えし,家族の皆さんで手術を検討していただくことになりました。
突然知った太郎ちゃんの体のこと,手術ではお腹を開けて精巣を探さなければならないこと,腫瘍化してからは手遅れのこともあること,様々なことがUさんの頭の中でうずまいて,不安な様子で帰られました。
およそ1ヶ月後,太郎ちゃんは精巣の摘出手術を行いました。今日は,術後の傷口の様子を見せに,Uさんと太郎ちゃんがいらっしゃいました。
“先生,おかげさまで,オカマでも太郎ったらこんなに元気です。”
とUさん。
“太郎ちゃん,別にオカマになったわけでは・・・。”
太郎ちゃんのオカマ説はさておき,Uさんの明るい笑顔が,とても眩しい診療日でした。