柿の実
Fさん宅のラッシーちゃんは,17歳になる中型犬です。Fさんの息子が,中学生の時に飼い始めましたが,大學の進学と共に別々に暮らし始めたため,以来10年以上Fさんが可愛がっていました。
ラッシーちゃんは今まで殆ど病気らしい病気をしませんでしたが,やはり老化には勝てず,一年程前から肢腰が弱くなり,殆ど寝たきりの状態になりました。ただ排尿や排泄の際には,切なそうに鳴いて,Fさんを呼ぶそうです。Fさんは,雨の日も風の日も休むことなく,ラッシーちゃんを抱きかかえて4時間おきに外にだし,よたよた歩いては座り込むラッシーちゃんの胸を支えて,排泄をさせてあげました。それでも朝起きると,便で体が汚れていることもありました。そんな時には匂いが取れるまで,丁寧にお湯で洗ってあげました。手作りのお食事は,ラッシーちゃんが食べ終わるまで食器を支えてやり,硬くなった関節を毎日さすってあげました。
ある夏の午後,Fさんが買物から帰ると,ラッシーちゃんは眠るようになくなっていたそうです。
ラッシーちゃんが旅立って一年後の秋,Fさんが立派な柿の実をもって,病院に来て下さいました。
“ラッちゃんが恩返ししたのよ,先生。ラッちゃんは柿の木の下に埋めてあげたの。いままで一度も実のつかなかった柿の木が,今年はすごい豊作。それにすごく甘いのよ。ラッちゃんが柿の実になって帰ってきてくれたのね。”
と弾む声のFさんから,柿の実を頂きました。
ずっしり重いその実は,いままで食べたことがないくらい甘く,そして少し塩辛い味がしました。
Fさんとは,私の母のことです。