雷雨
何かをかばうように胸に抱き,ご婦人が駆け込んできたのは,激しい雷雨の日でした。
ずぶぬれの彼女の腕の中には,ずぶぬれで泥だらけの子猫がいました。
聞くと,草むらの中に子猫の声がし,放っておけなかったとのこと。
子猫の手足には蔓が絡まっており,雨にぬれたせいで,低体温の状態でしたが,体が乾いていくと,割と力強く鳴くことができました。
さて,これからですが,1つ目は自宅で飼う,2つ目は新しい飼主を探すこと。どちらにしても,哺乳が必要な子猫のために,時間,労力そして経済的な負担が強いられます。
良いことをするには,それなりの犠牲を伴います。そのことを知り,もとの場所に動物を戻してしまう人も少なくありません。
この雷雨の中,この子を戻すことは苦しませながら殺すこと。例え偶然人が通りかかったとしても,また同じ思いをその人にさせることになるでしょう。年間,万単位の猫が良きペットオーナに巡り合えず,人の手によって処分されている現実を理解いただき,子猫をどうするか決断していただきました。
ご婦人が,お貸しした湯たんぽとタオルを持って来院されたのは,数日後の暑い朝でした。
子猫は翌日なくなってしまったそうです。
“ 私のミルクの飲ませ方が悪かったのかしら・・・。”
多産の動物は,全頭が健康な状態で生まれ,無事育つわけではありません。また母親が弱い子供の育児を,意図的に放棄することもあります。保護した子が,たまたまそういう子猫だったのかもしれません。
そうお話しましたが,うまく伝わらなかったかもしれません。悲しい表情が,ご自分を責めているように見えました。
あの雷雨の日,あなたは子猫の運命に最後まで責任を取ると決断されました。たった一日でも,子猫は暖かな寝場所であなたの愛情に包まれることができました。子猫にとって素晴らしい母親であり,飼主となったでしょう。私には,一緒にいる時間の長さより,大事なものがある様な気がします。
なぜなら,きっと天国であの子があなたに感謝しているにちがいないから。