しつけ
“先生,やめました。手術はしません。”
Wさんの強い声が,受話器から聞こえました。
Wさんのお父さんが他界し,残されたプードル二頭を引き取ることになり,集合住宅に住むため声帯切除術の依頼に当院に訪れたのは,5日前のことだった。
二頭のプードルは,Wさんのお父さんに溺愛され,自由奔放に育てられたとのことである。Wさんが,自宅に帰ると喜んでワンワン吠え,来客が来てもワンワン吠え,外出の時は行かないでとワンワン吠えるということであった。一緒に食事を取り,同じ布団で寝ているとのことである。
“引越しまで二週間しかないんです。二頭とも今まで甘やかし放題だったから,いまさらしつけなんて無理です。手術してください。”と思いつめた顔で語るWさんを,クーンクーンと鳴いてメスのプードルが見上げている。Wさんに抱かれると静かになった。オスのプードルは,遠くに犬を見つけワンワンと吠えている。
しかし,声帯摘出術はペットから声を奪う人の身勝手な手術であり,結果として声の問題がなくなっても他の問題行動が現れるのは必然である。まず適切な人と犬との関係を築くように努力すること,そしてしつけにより無駄吠えの抑制に努めること,でなければ手術は引き受けられない。問題はWさんと犬たちの現在の関係であり,オスは権勢症候群の可能性があり一人と二頭のボスになっており,メスのほうは分離不安症でWさんと片時も離れたくないこと。それらについて,改善策を一時間にわたってお話ししたのだった。
“いやあ,きついっす。いままでと100パーセント違う生活ですから。外出前後の30分無視なんかは,ほんとにつらいです。でも,以前よりずっと吠えなくなりました,まだ完全じゃないんで,直るまでは親戚のうちに預けながら頑張ってみます。”
“先生,結局しつけが必要なのは自分なんすね。やっとそれに気付きました。”
そう言ったWさんの声は,以前よりずっと明るく自信に満ちていました。
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