晩酌
「植物状態になったりしても訴えたりしません。先生,手術してください」
ついに決断されたKさんの勢いには,圧倒されるものがあった。
Kさんの家のマロリーちゃんは,8歳のマルチーズである。8ヶ月前から喉のところに膿をため,定期的に切開を行っていた。しかし,思い切って手術に踏み切れなかったのは,マロリーちゃんが6歳の時にクッシング症候群という内分泌疾患に罹患していることが分かり,これ以上つらい思いをさせたくないというKさんの気持ちがあった。また,基礎疾患として体内のホルモンバランスが崩れており,手術によるストレスが加わることの危険性を考慮して,私も強く手術を勧めてはいなかった。
マロリーちゃんは,その日のうちに胸部レントゲン,血液検査を行い,手術を行った。喉の異常な組織をすべて取り除き,化膿を引き起こしたと考えられる悪い歯をすべて取り除き,手術を終了した。しかし慢性の呼吸困難により,喉が腫れており,麻酔の覚醒後も目が離せなかった。マロリーちゃんの荒い寝息を聞きながら,入院室で一夜を明かした。
二週間後,お手紙をいただいた。始めは食事をうまく取れなかったが,徐々に元気をとりもどし,今では小走りで散歩ができるようになったとのこと。分厚いお手紙の中にはKさんの愛情がつまっており,マロリーちゃんがうさぎ跳びする様子が,目に浮かぶようであった。
そんなお手紙が,私の晩酌の最高のつまみである。ペットオーナーとペットと獣医師,三つの歯車がガッチリ噛み合ったとき,最良の結果が生まれる。夜遅くまでオペを支えてくれた婦長に感謝して,また一杯呑みたくなってきた。