縁の下の…
“家族の方がお待ちになっています。早く連れて行ってあげてください。”
待ちくたびれて,入院室に行ってみると,
そこには,茶色の老犬を囲って,号泣する看護師たちがいました。
Hさん宅のリッキちゃんは,15歳の雄の中型犬。
3日前より立ち上がれなくなり,夜泣きをし,排泄も寝たきりということでした。
血液検査と尿検査では,大きな異常はなく,内臓の機能は問題ありませんでした。
X線検査や超音波検査による画像検査では,脊椎症といって過齢性の脊椎の変性症や前立腺肥大が認められましたが,それによる起立困難とは考えられませんでした。
神経学的な検査では,傾眠傾向をしめし,左右の瞳孔の縮瞳がみられ,左前肢と左後肢の反射が低下していることから,脳の病変,特に右前脳を含む病変が疑われました。
頭蓋内の病変にたいしては,それが腫瘍によるものか,炎症性のものなのか,あるいは血管病変によるものなのかなどを,全身麻酔下でMRI検査や,脳脊髄液検査を行って診断し,治療を行います。
Hさんは,全身麻酔下での積極的な診断と治療は希望されませんでした。15歳の中型犬は,十分高齢です。積極的な治療を行うよりも,リッキちゃんが辛くないように痛みを取りながら,十分な看護をして欲しいということでした。そして,ほぼ寝たきりのリッキちゃんの看護を病院に託されました。
長い老犬の介護が始まりました。数時間おきに体位変換をしなければなりませんが,リッキちゃんにはそれが痛いのか,時折咬もうとしました。
数日後,やはり床ずれが生じ,更なるケアが必要となりました。
日に数回は,腰をタオルで支え,補助して運動をさせ,筋力が衰えないようにしました。
1ヵ月後,驚くことにリッキちゃんは,後肢を引きずりながら歩くようになりました。
2ヵ月後,もっと驚くことに,小走りができるようになりました。
3ヵ月後,雌犬をみるとエキサイティングに走るようになりました。
今日はリッキーちゃんが3ヶ月ぶりに自宅に帰る記念すべき日です。
そんな素晴らしい日なのに,ピンクの制服のお姉さんたちは,涙が止まらないのです。
便で汚れた被毛を,素手できれいに洗ってあげましたね。
不意に咬もうとすることもあるのに,目やにを丁寧にふいてあげていましたね。
夜のオペの後,深夜なのにもかかわらず,起こしてしまったからといって,散歩に連れていってあげましたね。
命を預かる仕事ゆえ,
あなた達を厳しくしかることがあります。
一人前の看護士ならば,もっともっと勉強し続け,クオリティーを高めなければなりません。
患者様の前でオイオイ泣いてしまうことは,
プロフェッショナルではないのかもしれません。
でも,
家族同様の温もりあるケアができる動物看護士を,私は,当院の一番の誇りであると 思っています。