飛翔
毎年,秋になると獣医師会の仕事で小学校に訪問し,校内で飼育している小動物の健康チェックや世話の仕方などを,生徒と話す機会があります。
飼育されているのは,ほとんどがウサギです。
必ず聞かれる質問の一つが,うさぎのオスとメスはどう見分けるのですか?
「オスには,ペニスと精巣があるけれど,メスにはないんだよ。」
と答えると,キョトンとします。
こういうときは,小2男子の頭に切り替えなくてはなりません。
「うさぎも,君たちと同じだよ。男の子には,オチンチンとキンタマがついているけど,女の子にはないんだ。」
と言うと,とっても喜ぶ男の子と,少しニヤケル男の子,表情変えない女の子,少しうつむく女の子がいます。
少年とおっさんの距離が,一瞬で縮まる瞬間です。
主観ですが。
ひととおり質問が終わると,ウサギを撫でて抱っこします。そのときの子供達は,算数の授業の5倍の集中力と,給食時間の1.8倍の目の輝き,道徳の授業の3倍の優しさで,小さなウサギを囲んでいます。
主観ですが。
30分程の飼育指導を終え,帰ろうとすると,一人の少年が私を呼び止めました。
「先生,僕,獣医さんになりたいんです。」
少年の真っすぐな瞳に,息を飲むようでした。
「大変だぞ。」
「大変だぞ。」
「はい,がんばります。」
「よし,今は算数も国語も運動もなんでも全部,一生懸命やりなさい。あきらめなければ,必ずなれる。絶対にあきらめるな。あきらめた瞬間,それで終わりだ。もし勉強ができなかったら,人の倍,勉強すればいい。そのためには体力がいるんだよ。だから,勉強だけでなく,運動も頑張るんだぞ。」
真剣な表情で話を聞いていた少年。15年後,どんな世界を歩いているでしょうか。輝く瞳のまま,夢を実現させる人になって欲しい,そんな風に思いました。
慌しく小学校を後にして,午後の診療に向かいます。色をつけた街路樹が,夏にお別れしているようです。またすぐに,春がくるでしょう。
私の言葉は,彼にどんな風に届いただろう。実は,ちょっと自信がありません。
だって,風邪とウサギアレルギーで,マスクの中はボロボロでしたから,ね。