尊厳
Aさん宅のコロちゃんは,15歳の雌の大型犬。人ならば,100歳を超えるコロちゃん。加齢のために,半年ほど前から歩くのがやっとで,ふらつきながら頑張っています。
数ヶ月ぶりにAさんが,深刻な顔で来院されました。話を伺うと,最近のコロちゃんは,殆ど寝たきりで,床ずれが生じ,ウジがわいてしまったということでした。半日がかりで,ウジを取ったけれども,痛そうで,見ているのがつらく,安楽死を行ったほうが良いか悩んでいるということでした。
診察が終わってから,Aさん宅に伺うことになりました。
広いリビングの窓際にコロちゃんが横たわっています。呼吸は安定しています。意識は,はっきりしておらず,目は開いているものの,視点は定かではありません。腰から大腿,内股にかけて,床ずれによる化膿と,ウジの寄生がみられます。
“コロちゃん。”
声をかけ,頭をなでても,返事はありません。
耳介は少し冷たくなっています。
“コロちゃんは,今は痛みを感じていません。意識が低下し,痛みを感じるようなレベルではなく,死に極めて近い状態です。15年間,一緒にいてくださり,立てなくなってからも,たくさん看護していただきました。あと少し,看てあげたらどうでしょうか。私には,今のコロちゃんが,とても優しい顔に見えますよ。”
“おとうさん。”
A婦人が,Aさんの腕をにぎりました。
“ああ。”
短くかすれたAさんの返事でした。
“血液検査や点滴などの治療による延命は,お勧めしません。でも皮膚の手当ては行いましょう。コロちゃんの尊厳にかかわることです。”
Aさんとコロちゃんを病院に連れ帰り,処置が始まりました。下半身の毛を全て刈り,ウジを除去しました。シャンプーを3回行い,床ずれの手当てを行い,駆虫薬の投与を行いました。
2時間後,全ての処置が終わり,Aさんは,コロちゃんを連れて,帰宅されました。
どんなに長生きする子でも,いつか私たちより先に逝きます。
時計の針は,早めることも,遅くする必要もありません。
ただ,大切な子の尊厳と家族の絆は,なんとしてでも守りたい。あの子がいてくれて良かったと,思えるように。
3日後,Aさんが,コロちゃんの逝去を報告しに来院されました。
言葉少ないAさんの目に光ったものは,守り通した家族の絆,そう信じています。