出発
Hさん宅のジュピターちゃんは,15歳のビーグル犬。2週間ほど前から足腰が弱り,前日から寝たきりになり,昼夜にわたり,よく鳴くということで来院されました。状態によっては,安楽死も考えているということでした。
早速,身体検査をしようとすると,慌ててHさんが,
“先生,気をつけてください,この子咬みますから。”
ジュピターちゃんは,若い頃から気の強い子で,家族全員が怪我をしているとのこと。Hさん自身は,怪我の治療のために,数度の手術が必要になったということでした。
起き上がることのできない犬に,エリザベスカラーをつけ身体検査を始めました。エリザベスカラーとは,首に巻いて,傷口などを舐められないように保護するものです。眼光鋭い彼は,チャンスを狙って,時折歯を飛ばしてきます。
その間,Hさんは長い家族の歴史を語ってくださり,私は暗い気持ちでそれを聞いたのでした。
身体検査が終わる頃,最後にHさんは言いました。
“私の育て方が間違っていたんです。”
その間,Hさんは長い家族の歴史を語ってくださり,私は暗い気持ちでそれを聞いたのでした。
身体検査が終わる頃,最後にHさんは言いました。
“私の育て方が間違っていたんです。”
その一言で,私の気持ちはすっきりと晴れました。どういう治療を提案したらよいか,はっきりしたからです。
どんな理由があれ,犬が人を咬んではなりません。その間違いを家族中が起こしてしまったのは,悲しい大きな問題です。安楽死という簡単な解決方法だって,選べたのかもしれません。もって生まれた性格を変えるのが,非常に困難なこともあります。
でも,Hさんは,犬のせいにはしませんでした。自分に非があると言われたのです。それは,これからご自身が変われるということであり,次は失敗しないという決意にも聞こえました。
この家族に,安楽死という手段は,似合わない。
数時間ごとに寝返りをうたせてください。大きな注射ポンプに食事を入れて,口の中に入れてください。年をとると体が汚れるのを特に嫌い,鳴きます。汚れたら,マメに洗ってあげてください。どうしても,夜泣きがひどければ,安定剤を使いましょう。ジュピターちゃんにしてあげる看護は,動けなくなった老犬と同じです。違うのは,エリザベスカラーをつけておくことだけ。
最後に,ジュピターちゃんを見ていることが辛くなったら,安楽死という処置を選んでも良いのですよ。私から処置を提案することは,もうありません。でも辛くなった時は,相談してください。
10日後,Hさんからジュピターちゃんがなくなったと連絡をいただきました。
“静かに見送ることができました。この10日間,頭をなで,体を触ることができて,本当に幸せでした。”