ネックレス
うさぎの消化機能低下症候群は,うさぎで最もよくみる疾患の一つです。胃腸機能が低下して,突然の食欲不振,排便停止,沈鬱などの症状がみられます。重症の場合には,適切な治療を行っても,半日ほどで死亡することがあります。食事中の粗繊維不足やストレスが原因といわれており,歯科疾患,腎疾患,子宮疾患などに併発して生じることもあります。粗繊維とは,溶けない線維のことで,牧草(乾草)を主食として十分に摂取させることが,予防につながります。うさぎを飼育している方なら,一度は経験する疾患ではないでしょうか。消化機能低下により死にいたるうさぎは,とても多いのです。
Tさん宅の月丸ちゃんは,2歳,ロップイヤーの男の子。昨夜から急に食べなくなったということで,来院されました。胃腸の常備薬を投与して,強制給餌を行ったが改善しないとのことでした。
身体検査では,明らかな胃の拡張を認めましたが,他に異常を認めず,急性消化機能低下症候群と診断しました。輸液,鎮痛薬,消泡剤,胃腸機能改善薬,強制給餌などの治療を開始しました。
治療開始2日目,胃のサイズは前日より大となり,前夜に給餌した食餌が,口腔内に多量に残っているのが認められました。
厳しい
経験上,強制給餌で与えられた食餌を受け付けなかった場合,回復した子は,数えるほどしかいません。
極めて死に至る可能性が高いと知りながら,治療を続けることは,Tさんにとってどんなに辛いことでしょうか。これからの治療方針をどうお話すればよいか考えながら,Tさんを見ると,私の揺らぐ気持ちを見透かすかのように,Tさんの瞳には,助けたいという強い信念の光しかありませんでした。
‟強制飲水を行いましょう。”
強制飲水とは,文字通り,強制的に水を飲ます治療法で,清書にも記載があります。食餌を全く受けつけない子に,強制的に水を飲ませるという処置は,うさぎにとってだけでなく,処置を行う人にとっても苦痛なものです。提案したくない治療方法でした。強制飲水を行ったら,助かるという根拠もありません。
でも,やらなければ,月丸ちゃんが死に至るのは間違いありません。診断がついていて,助けたいという信念があるなら,やるべきことをやるしかありません。
治療開始4日目,前夜から朝にかけて,58粒の排便があったということでした。牧草を自ら食べるようになりました。
気づくとTさんと固い握手をしていました。診察室で,大人が二人,泣いていました。
‟アレルギーのせいで涙が出ているわけじゃないんです。嬉し涙は,久しぶりです。実は,助からないと思っていました。”
と言うと,
‟はい,私も助からないんじゃないかって。”とTさん。
後日,Tさんからこんなメールが届きました。
‟改めて牧草をポリポリと食べる音はいい音だし,ウンチは糸で繋げてネックレスにしたい程です。”
どこにも売られていないそのネックレスは,どんなパールのネックレスよりも大粒で,光輝いているに違いありません。